私は必要最低限の人間関係のなかで生きているが、気が合う人とはとことんつきあう。
惚れっぽくはないが、一旦好きになるとあまり浮気もしない。
洋服は同じ人からずっと買っているし、お気に入りの食材もそれを買う店も、だいたい決まっている。
髪も同じ人から切ってもらっている。
それで彼女が転勤になったので、遠いが転勤先の店へ行くのである。
今回が2回目で、これまであまり歩く機会のなかった街を、ついでにふらふらしてきた。
美容院で髪を切る間、置いてあったガイドブックを見て、地図を覚えた。
なのになかなか見つからず、やっと見つけた煉瓦亭。
ずーっと行ってみたいと思っていた。
これは前回行った時に撮ったもの。
お店が休みだったので、写真だけ撮ってきた。
日曜日が休みと知って、せっかく見つけたのに残念だなあと帰ってきた。
それで今回もふらふら歩いていると、行列ができているお店がある……と思ったら煉瓦亭だった。
私は夏期休暇に入ったが、日曜日ではないのでお店はやっていたのだった。
しかも、煉瓦亭の夏期休業の前だった。
それで並んで入る。
今から25年前くらいに、『煉瓦亭の洋食』という本を買い、以来ずっと行きたいと思っていた。
ソースのつくり方の手間がかかることに、作りたい気持ちは失せ、そのかわり食べたい気持ちが強まった。
同じシリーズの本で、「たいめいけん」へは行き、オムライスは食べた。
念願かなっての、煉瓦亭の洋食である。
しばらく待ってお店に入ることができ、地下のテーブルについた。
もちろん、「ポークカツレツ」を頼む。
古い建物で、設備もたぶん昔のままである。
カトラリーをいちいち、古い木の食器棚の引き出しから出す。
休日で混んでいるのに、何度も重い引き出しをひいては閉めて出し入れする。
いっそ出しっぱなしのかごなどに入れたほうが能率的ではないかと思うが、いやいや、ぎしとひいてぎしと閉めるのが衛生的である。
迷いもなく何度も開け閉めするスタッフにも感心したが、その回数に耐えている古い食器棚のじょうぶさにも感心した。
地下なので、料理はリフトで昇り降りし、お冷やの氷はクーラーバッグに入れて置いてあるのだった。
そして、料理は本で見たまま。
線キャベツの細さも、調味料入れも、写真のままだった。
味はやさしい。初めて食べるがたぶん変わっていないのだ。
それで私は、ポークカツレツとハッシュドビーフが食べたかったのだけれど、なにしろ一人で食べ切れなかったら困ると思って、ポークカツレツを頼んだ。
でも、日曜日以外にまた来れる日は遠いだろう。
そう思ったらますます食べたくなって、ハッシュドビーフのソースを追加できないかとおそるおそる頼んでみた。
するとお店の人が気を利かせて、デミソースをつけてくれた。100円だった。感謝。
というわけで、老舗の味は変わらず、人情もまた味わったのであった。(涙)
会計の時に、「20年以上前から来たいと思っていて、やっと願いがかないました」というと「それはそれはありがとうございます」と丁寧にやわらかい声で言ってもらい、私はさらに感激した。
老舗のレジスターは、重い音でひらいて上品にチンという。
おつりの小銭でさえ、鈍く光ったような気がしたのである。