青森県八戸市生まれの詩人、
福井桂子さんは、生涯、幼時を過ごした土地と、
慈しみ深く育ててくれた人々を思い続けました。
くり返しくり返し作品の中で、同じ地上にありながら
遠く隔てられることになったその土地を書きました。
かつて往還したその道を、時に行く先の見えない吹雪に阻まれながらも、
ちいさかった自身の手をひくように、詩のなかで歩き続けたのでした。
悲しみも淋しさも切なさも愛しさも、もう一人の幼い自分と、
共に分けあうようでした。
わたしたちは日々を生きてゆくために、時間さえも自在に遡りながら、
それぞれの場所を瑞々しい記憶と共に思い描くのかもしれません。
けれども今年は、つらなる大地の上に降り落ちた悲しみをも
思わずにはいられません。
くやしさにくちびるをかみながらも、かけがえのない場所を思う切実さと強さが、
あらたな道をひらいてゆくちからとなることを願います。
わたしたちの美しい場所が、失われませんように。
祈るような思いで、いまひろがるわたしたちの故郷のうえに、
今夜は福井桂子さんの詩の世界を重ねてみたいと思います。
*
どうか、どの人も、これからの季節を、あたたかく過ごせますように。
二階の廊下も床も木材で
木枠のある古風な
夏の窓を
すこし首をかしげてのぞきこむと
子どものころの
わたしの家の夏の庭がみえた
光りといっぱいの草の花と
つき山とほのぐらい楓の木の茂みと
死んだ弟がよく本を読んでいた小廊下と…
ふしぎさにもっとみたくて
再び頭を巡らすと
透きとおった夏の窓は
あっさりと消えてしまい
わたしは厚い雨雲に包まれてしまった
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(福井桂子詩集『風攫いと月』所収「沼の方の音道から聞こえてくる」より)