ダリアとオキシペタラムブルースター、カラマツソウ、レモンバーベナ、ガーデンルー。
数種類のダリアを植えたのだけど、この白い花しか咲いていない。
ラベルを捨ててしまったので、名前が思い出せない。
ダリアは、蕾を切り花にしても開かずそのまま枯れてしまうので、
咲ききってから活けたほうがいいみたい。
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トウモロコシご飯のおにぎりと、豚肉と筍の角煮、胡瓜のワサビ漬け。
トウモロコシは、薄皮を残したまま鍋に並べ、1センチくらい水を張って10分間蒸し焼き。
削ぎ落としたとうもろこしをのせて炊き込みご飯にしたものを、翌日、焼きおにぎりに。
おにぎり型の南部鉄器で、バターと醤油を落として焼いています。
ジャガ芋と海老のグラタン。
むき海老は白ワインとフェンネルを入れて酒蒸しに。
玉ねぎを炒めて小麦粉をふり入れさらに炒め、茹でたジャガ芋、
海老とそのスープ、生クリームでのばします。
ローリエを入れ、塩胡椒で味を調えたものに、モッツァレラシュレッドと
食べ残しのゴルゴンゾーラチーズをのせ、240度のオーブンで焼いたもの。
暑いときにはさっぱりしたものを食べたくなりますが、
濃厚で熱々のグラタンを小さな器で出すと、案外食がすすみます。
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不要な写真を整理していたら、暗く冴えない花を撮ったファイルがあって、
削除しようと思って日付を見て愕然とする。
父が亡くなる前日に撮ったものだった。
そんなときに、わたしはいったい何をしていたんだろう。
帰郷できずにいて、連夜眠れなかった。
新盆だというのに、今回も帰れないままだった。
死の後も親不孝をつづけるなんて、わたしはいったい何をしているんだろう。
かけがえのないもの大切なことのために、真っ先に動くことさえできずにいる。
それらに比べたらとても些細なことで、弱ったりもしている。
体力も気力も時間も経済力も足りないことを言い訳に、わたしは何をしているんだろう。
故郷の母に、やっと電話をいれる。
「からだをこわさないように、がんばりなさい」
母と畑の話をする。
私たちが悲しみ、もう生きるに耐えられないとき、
一本の木は私たちにこう言うかもしれない。
「落ち着きなさい!落ち着きなさい!私を見てごらん!
生きることは容易でないとか、生きることは難しくないとか、
それは子どもの考えだ。おまえの中の神に語らせなさい。
そうすればそんな考えは沈黙する。おまえが不安になるのは、
おまえの行く道が母や故郷からおまえを連れ去ると思うからだ。
しかし一歩一歩が、一日一日がおまえを新たに母のほうへと
導いている。故郷はそこや、あそこにあるものではない。
故郷はおまえの心の中にある。ほかのどこにもない」
(『庭仕事の愉しみ』「木」より ヘルマン・ヘッセ/岡田朝雄 訳、草思社文庫)