サカミさんが亡くなったと聞く。
ここしばらく自分の身の回りもあわただしかったけれど、ずっとサカミさんのことが気にかかっていた。
しばらく前に「また明日から入院だよ」とやってきたサカミさん。
今年になってから、入退院を何度も繰り返していた。
ふらふらの身体で自転車に乗って買い物に行き、自分ひとりの食事をちゃんと作っていたサカミさん。
ちっちゃくなったサカミさんが出ていくのを見送りながら、いとまごいのようだと、たぶんお互いに感じていた。
サカミさんの詩を書いたことは最期まで言えなかったのだけど、今ならきっと、サカミさんはここに書いた詩も読めますね。
サカミさん、ありがとう。
サカミさん
サカミさんが自転車のかごに花束を入れて通り過ぎた。
サカミさーん
と、ガラス戸越しに小さく手を振って見送った。
サカミさんはいつものように
ちょっと歯をくいしばるような顔をして
まっすぐ前を向いて行ってしまった。
いつもは仕事用の軽のバンでこの前を通る。
わたしに気づくと
にっと笑って、よっと手をあげ
仕事に出かける。
きょうは、自転車だった。
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―――最近はみんな痩せたがるけどよ、なんでかな。
おれのかあちゃんなんて、ばあさんになっても
ぴちっぴちのぼいんぼいんだぜ。
サカミさんは自信満々うれしそうに話す。
―――はあ。ぴちっぴち……ですか。
―――おうよ、ぴちっぴちのぼいんぼいんだ。
いつもにこにこしたまる顔で
乾したてのふとんのようにふくふくとして
きっとひなたのにおいがする
サカミさんのおくさんを、
わたしたちは別々に思い浮かべて
なんだかしあわせな気持ちになり
あはは、うふふと笑った。
ぴちっぴちのぼいんぼいんの
サカミさんのおくさん、
サカミさん自慢のその人は
もう、いない。
七日前にお風呂場で倒れて逝ってしまった。
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きのうサカミさんが
―――あわただしくって、あんまり寝てねえよ。
と言いながら、はじめてやってきた。
サカミさんのおくさんがもういないということに
これからずっといないということに
慣れていないわたしたちは
この世のどこかにあいてしまった大きな穴をふまないようにと
おそるおそる用心しあっていたが
やがてやっぱり
今でも温かいままのおくさんを思い浮かべながら
いないとかえらないの違いにも気づかないふりをして
話しつづけた。
―――俺がきれいにして送ってやったはずなのに
外出てるとよ
家で待ってるような気がしちまうんだよな。
とほんとうに不思議そうに話すサカミさん。
いつものように笑って話していたサカミさんだったが
―――これからはよ、
と言いかけると
ふいに、目のふちを赤くし
ことばが、とぎれた。
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サカミさんの恋女房。
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自転車のかごに入れた花束。
サカミさんが花を買うなんて
と考えて
ああ、そうだった
とようやく気づく。
サカミさんはこれまで
花を買うことなんてあったのだろうか。
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サカミさーん。
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(詩集『きおくだま』より)