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◆先週、東京で唯一の国立ハンセン病療養所である
多磨全生園(たまぜんしょうえん)を歩きました。
東村山市は、2009年に100周年を迎えた多磨全生園の
豊かな緑と人権の歴史を長く後世に伝えるため、
「いのちとこころの人権の森宣言」を行いました。
それを下に書き写します。
いのちとこころの人権の森宣言
かつてハンセン病は、不治の伝染病とされ、患者は国の強制隔離政策と
人々の偏見や差別の中で、長く苦しい歴史を歩んできた。
ここ多磨全生園には、故郷を捨てさせられた人々が眠る納骨堂、
終生隔離のなかで故郷を偲んだ望郷の丘、
苦難の歴史を語り継ぐハンセン病資料館、これらとともに多くの想いがある。
この地を第二の故郷とした人々は、萎えた手足に力を込め、
病をおして拓いた土地に、一人一人が想いを込め、一本一本植樹し緑を育てた。
いま、その緑の地は、そこに暮らす人々と東村山市民との百年の交流をとおし、
いのちとこころの人権の学びの場となった。
私たち東村山市民は、こころをひとつにし、ここに眠る人々を鎮魂し、
この土地と緑と歴史のすべてを『人権の森』として守り、
国民共有の財産として未来に受け継ぐことを宣言する。
◆もう何年も前から、全生園に行きたいと考えていました。
桜の時期にはすこし遅かったのですが、今年ようやく行くことができました。
行く前と後に、全生園のことを書いた宮崎駿さんの文章を読みました。
2002年に朝日新聞に掲載された「全生園の灯」という文章です。
全生園に関して検索すると見つかると思いますので、ぜひ読んでみてください。
全生園の植物などの写真を、数回に分けてアップします。
◆わたしには、特定の政治や思想・宗教による信念や信条はありません。
その分、判断の基準とするものは広く甘く、知識も意識も足りないと思います。
けれども判断を迫られた時に、また迷いをはらうために、
唯一頼りにしたいもの、目をそらさずにいたいと思うもの、
それは人間としての「良心」です。
「良心」はどの人の内にもあると思いたいですし、またそれぞれの立場や事情、
考えの違いを超えられるものだと思います。
◆池田香代子さんのブログで、福島の方々が上京して訴えた言葉を読みました。
一晩いろいろ迷い、悩み、考えました。
でも少しでも多くの方に読んで考えていただきたいと思い、
池田さんに断りなくですが紹介させてもらいます。
わたしの今の事態に対する考えは、福島の女性の言葉に重なります。
どうかこの切実な声が、たくさんの人に届きますように。
そして一刻も早く、子どもたちのために、すべての命のために、
良心による決断と最善の対策がとられますように。
切に願います。
福島の女性の言葉を、書き写そうかと思いましたが、ぜひ、
池田香代子さんのブログでお読みください。
池田香代子さんの4月22日の記事は、↓こちらです。
◆テレビを持たないわたしは、最近ではネットでの情報を手がかりにしていますが、
池田香代子さんのブログもその一つです。
自分ではうまく言えずにもどかしい思いでいたことも、
池田さんの言葉によってはっきりとし、考えも強くなるように思います。
記事を読みながら共感し、またより整理され、元気も回復できるように思います。
池田香代子さんのブログは、↓こちらです。
◆4月20日の記事では、福島原発の作業にあたる方たちの、
あまりにも酷い状況を知り、心底気の毒に思い、また腹が立ちました。
田中優さんという方の講演の記事では、日本には原発が無くても
間に合うだけの技術があるということに、希望を感じました。
◆どの情報を選びとり、またどう行動するかは、
一人一人の判断に委ねられているわけですが、
わたしはわたしの良心に語りかけてくるものに、
耳を傾けたいと思います。
もし間違いや失敗があったとしても、
自分の良心にはかることが、
わたしにとって最も納得のいく、また責任のとれる
判断の方法であると考えています。
◆先週撮った枝垂れ桜です。まだ蕾が残っていますね。
◆こういう薄紅を見ると、やさしい気持ちになるでしょう。
◆東京の桜はもう終わりですが、種類によっては今が見頃のものも。
◆かわいいなあ。
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さて先日の漆器、初めて使った料理は、筍ご飯でした。
炊き込みご飯は、いつも同じ作り方。
お米に刻んだ具をのせて、出汁と酒としろたまりを入れて、
圧力鍋で3分加圧、自然放置。
ピンが下がったら、お醤油をまわしかけて、かき混ぜます。
木の芽を添えて。
もう一品。
名前をつけるなら、白菜ロール。
ロール白菜のように1枚の葉に包んだのではなく、
白菜の葉を並べて、具を海苔巻状に巻いたもの。
ソースをかけたのでわかりにくいですが、
太巻きのように切っています。
具は、挽肉に、みじん切りにした油あげ、椎茸、エノキ、エリンギ、
玉ねぎと、卵と片栗粉少々を混ぜたもの。
玉ねぎ、粗濾しトマト、セロリの葉のみじん切り、コンソメと
酒、水を入れて、圧力鍋で15分、自然放置。
これは一晩置いて、翌日に温めながらソースを少し煮詰めています。
ソースをからめたフジッリと一緒に。
胡椒をふって、ローズマリーを添えて。
フジッリがまたおいしいんですよね。
4月14日は、古賀忠昭さんの御命日です。
地震の後、まるですべてが反転してしまったかのようです。
わたしたちの生きている世界が、
亡くなった人たちのいる世界に支えられているとも感じます。
皆がその境目に寄り添い、
亡くなった人たちの声に耳を傾けながら、
向こう側の世界に
手をあてているような気持ちです。
今できることと言っても、
なにもできない時もあるのだと力無くうなだれますが、
ひとつひとつの言葉の意味や重さを、
ひとつずつ、
確かめ直しているようにも思います。
「安らかに」という言葉も、そのひとつです。
以前にもまして、なめらかには出てきませんが、
ここから、自分なりに注意深く、
言葉を立て直していけたらと考えています。
昨年、八戸市民によるアート団体ICANOFのイベントに参加させてもらいました。
その昨年のテーマが現代の「飢餓」についてであり、
予習と復習を含めて、東北地方の飢饉について調べてきました。
東北地方は度重なる飢饉に見舞われ、水害もその原因のひとつでした。
人々を襲った苦難は、想像を絶する過酷さで、
それはまさに古賀忠昭さんの『血のたらちね』の世界でした。
東北の人々は、また東北に限らず日本の人々は、
何度も自然災害や悲運から立ち直ってきました。
だからといって今回もだいじょうぶとは、今のわたしにはとても言えません。
誰もが不幸からは免れたいはずで、
それから逃れられた立場で何かを言うのは、とても難しい。
日が経つにつれて、その厳しさに締め付けられてゆくようです。
今日は、苦難から目をそらさずに詩を書いた、
古賀忠昭という詩人がいたことを、静かに思いながら過ごします。
(SOOHA同人による「YOKOSION BLOG」と、前半内容が重なります)
日曜日、お墓参りの後、満開の桜の下を歩く。
◆
今日は、余震が多くて、頭がふらふらします。
無理をして元気をだそうとするのはしばらくやめて、
集中力が無くていろいろなことができずにいることも
大目にみることにしました。
◆
そういえばもうだいぶ前のことですが、
小さな上映会で『タカダワタル的』を観ました。
しばらく会っていない人も出ていて、
画面のその人とも再会したような不思議な気持ちになりました。
「ブラザー軒」て、いい詩だなあ。
あれは泣いてしまうなあ。
その映画を観て帰った日に、「げんげ通信」が届いていました。
そういう偶然があったのですよ、とメールしようと思いながら、
それも書けずに4月も半ばになってしまいました。
げんげ忌も今年は中止になってしまいましたが、
地震の後に届いたそのお知らせもあたたかなものでした。
一度だけ参加させていただいたお花見、なんだか夢のようです。
夢と現が逆になってしまったよう。
花びらの舞うなかを、そういうことも思い出しながら歩きました。
来年はいつものようにひらかれるといいですね。
いろいろなことがそうでありますように。
いつもどおりという言葉が、こんなに重い言葉だったということに、
いまごろ気づきました。
アップしようと思っていたら余震が……。大きかったですね。
皆さん、被害がありませんように。
3日の日曜日に、友人たちと、川沿いの桜を見ながら歩きました。
残念ながら、桜はほとんど咲いていませんでしたが、
満開の枝垂れ桜の木がありました。
「三春の滝桜」という札が立っていました。
羽村市福島県人会からの寄贈と書いてあります。
平成13年11月26日の日付がありますから、約10年経っています。
福島県の「三春の滝桜」の子木なのですね。
福島県のみなさん、東京の三春滝桜は元気です。
◆
先日の切り落としたカブから出た葉ですが……
ほら、咲きましたよ。
がんばらせて、ごめんね。
◆
菜の花の糠漬け。
なんの菜の花だったか、忘れました。
葉物の糠漬け、おいしいです。
刻んだ糠漬けで、お漬物炒飯。
◆
朝起きて、大きな被害が出ていませんように。
友だちが映画『アレクサンドリア』を観たと書いていたので、
予告編を見たらむしょうに観たくなって観に行きました。
結末を思い出すと、今でも泣きたくなります。
でも、観てよかった、よい映画でした。
パンフレットの中で、漫画家の岡野玲子さんが、
オシリス神と結び付けている部分を読み、救われました。
信念によって毅然とした態度を貫いた主人公ヒュパティア。
わたしたちが共に在り、自分の信じるものだけにとらわれずに
互いの選択の自由を認めあえるならばと考えるのですが、
信仰の礎を持たないわたしには理解の足りないところがあるかもしれません。
いかなる理由であったとしても、それが暴力や殺戮を正当化し、
破壊し、相手を傷つけてもよい正しさなどないと思います。
複雑に思える事情も、実はたった一人を頂点とする権力の争いであり、
それに多くの人々が巻き込まれ、歯止めがきかなくなってゆく。
次第に混乱し、加速度的に悪い方へと事態が動いていくのを
おしとどめることができない悲しさ。
いまだに同じことを繰り返している現代にも重なりましたが、
同時にわたしたちは別の方向へ進むこともできるのだと、
信じたくもなりました。
否定によって成り立つものの脆弱さと、愛と信念を貫く強さ。
同じ未来を目指すなら、力による北風のやり方よりも、
愛と智慧を持つ太陽の方法を選びとりたいと考えます。
たまたま読んでいた本に、映画と通じるテーマがありました。
『ほんとうの考え・うその考え』(吉本隆明著/春秋社刊)
「ほんとうの考え」「うその考え」とは、宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』の
登場人物ブルカニロ博士が言った言葉のなかにあるものです。
長くなってしまうので、その言葉の部分だけを書きとめてみます。
☆
「みんながめいめいじぶんの神さまがほんたうの神さまだというだらう、
けれどもお互ほかの神さまを信じる人たちのしたことでも
涙がこぼれるだらう。それからぼくたちの心がいゝとかわるいとか
議論するだらう。そして勝負がつかないだらう。けれどももし
おまえがほんたうに勉強して実験でちゃんとほんたうの考えと
うその考えとを分けてしまへばその実験の方法さへきまれば
もう信仰も化学と同じやうになる。けれども、ね、ちょっとこの本をごらん、
いゝかい、これは地理と歴史がかいてある。・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ぼくたちはぼくたちのからだだって考だって天の川だって
汽車だって歴史だってたゞさう感じてゐるのなんだから、
そらごらん、ぼくといっしょにすこしこゝろもちをしづかにしてごらん、
いゝか。」
『銀河鉄道の夜』 (異稿)(初期形 ジョバンニの切符)
もう何年も前から、漆器が欲しいと思っていました。
作家ものの艶消しなど、何度か欲しいと思いながら、
なぜか決め手がなくて、買えずにきたのでした。
骨董品屋さんで、小さな蓋付きの椀を買ってみて、
ますます漆器に気持ちが傾いていました。
せっかくだから、ほんとうに欲しいものに出会うまで
妥協しないことにしよう。
そして、昨年の暮れに、運命の出会いをしました。
仕事帰りに用事があって立ち寄ったデパートで。
その時は選ぶ時間が足りずに、年明けに別の会場に行き再会。
そこにはなかったものを送ってもらうことにし、
地震による配送の影響などもあり、
今週のはじめに届きました。
秋田県の川連(かわつら)漆器です。
地震の後、気持ちまで節電していたような感じでしたが、
届いた荷物をひらいたら、
ほら、これは泣いてしまうでしょう。
これは、稲庭うどん用のどんぶりです。
そして、こちらがお椀。
桜の花びらをいれてもらったのです。
しばらくはりつめていた気持ちが、ほっと和みました。
川連漆器は、秋田県の川連町(現、湯沢市)の伝統工芸品です。
もともと生活に困窮する農民の、冬の内職として
武具に漆を塗ることから始まったそうです。
並んでいる漆器を見た時に、懐かしいものがこみあげました。
故郷、秋田の実家にあるものは、お盆のお膳のセット、仏具、仏壇まで、
すべてこの川連塗りのものでした。
地震の数か月前に頼んであったとはいえ、
この時期に届くのは、明るい兆しを見るようでしょう。
辛いことが続きますが、生きて、ご飯を食べて、
ふつうのことをふつうにできるようにしたいと思う気持ちが、
東北を、そして日本を、立て直す力になればと思います。
木をくりぬいたものに塗り重ねた川連漆器は、
とてもじょうぶで保温性もよいそうです。
なによりも、木の重量とその優しいなめらかさで、
手のひらにしっとりとおさまり、使い心地のよい器です。
よし、元気を出そう。
桜を見に行こう。
今年の桜をおぼえておこう。
今年は、桜をちゃんと見ておこうと思います。