新井豊美さんが亡くなられて、2年の月日が経ちました。
今日は、新井豊美さんのご命日です。
新井豊美さんが、亡くなる前の夏に
海よりも山へ行きたいと思われたわけを考えながら
きょう子さんのインタビューを読み返しました。
島々の稜線が淡く重なる故郷の風景を
懐かしむ思いと通じるものがあったのでしょうか。
それとも天空に近い場所へみちびかれるようだったのでしょうか。
まだ寒さの最中ですが、木の芽は動き始めています。
種子を抱き、目覚めさせ、ゆっくりと動き出すこの季節が、
新しく何かを始めるにはよい季節だと感じられるようになったのは
新井さんの詩に出てくる冬の情景の清々しさに打たれたからでした。
ふり向くと
背骨のあたりで光っている水面に
小舟がひとつ
汐風が吹き
まっ黒い水がゆらゆらするなかに舟を出しても
ひとりで河口までは行けなかった
ただ屈強な若者が漕ぎ出して行っただけだ
橋を渡っていつもの狭い路地に入ると
どの窓にも灯がともり
女たちが赤ん坊をあやしながら
男たちを待っている
男たちはほとんど魚になって
ひとりずつ灯のともっている場所へ消えていく
ああなんて静かな風景だろう
どこにでもある小さな窓の内側で
みんな同じように家族でいて
夜更けには
みんな同じようにやさしくなって睡るなんて
(詩集『河口まで』所収「静かな風景」より部分)